監修:聖マリアンナ医科大学小児科学 名誉教授 瀧 正志 先生
インヒビターとは、患者さんのからだのなかで産生される、血液凝固因子製剤のはたらきを阻害する物質である抗体(インヒビター)のことです。
血友病の治療では、血友病Aの患者さんには第VIII因子の凝固因子製剤、血友病Bの患者さんには第IX因子の凝固因子製剤をそれぞれ投与します。しかし、凝固因子製剤の投与を続けるうちに、からだの免疫系が投与された凝固因子製剤を異物として認識し、これらを排除しようとして反応する抗体(インヒビター:阻害物質)が産生される例が血友病Aでは20~30%、血友病Bでは3~5%の割合でみられます。とくに、重症血友病患者さんでインヒビターを発生する確率が高くなります。
からだのなかにインヒビターができると、インヒビターは第VIII因子や第IX因子に結合し、凝固因子の補充療法の効果が弱まったり、全く消失したりすることもあります。
ベセスダ法による測定で、第VIII因子または第IX因子製剤の補充療法に抵抗性を示す抗体(インヒビター)が確認された場合、「インヒビターが発生した(インヒビター保有血友病患者AまたはB患者さん)」と診断します。インヒビター値により低力価インヒビターと高力価インヒビターに分類します。また既往反応で5 BU/mL以上になる場合をハイレスポンダー、そうでないものをローレスポンダーと分類します。
インヒビター値 | |
---|---|
低力価インヒビター | インヒビター力価 5 BU/mL※未満 |
高力価インヒビター | インヒビター力価 5 BU/mL以上 |
インヒビターの反応性 | |
ローレスポンダー | インヒビター力価が一貫して5 BU/mL未満 |
ハイレスポンダー | インヒビター力価が一度でも5 BU/mL以上になったもの |
インヒビター保有先天性血友病患者に対する止血治療ガイドライン2013年版より作図
低力価インヒビターのうち、常にインヒビター力価が5
BU/mL未満のローレスポンダーの場合は、第1選択の止血治療薬は第VIII因子、あるいは第IX因子製剤です。第2選択としてバイパス止血製剤を使用します。バイパス止血製剤とは、血液中に第VIII因子や第IX因子が十分に存在しなくても、第VIII因子および第IX因子を必要とする段階のいくつかを迂回・省略(バイパス)して、血小板や他の血液凝固因子とともに血液を凝固させて止血することができる製剤です。
バイパス止血製剤には、遺伝子組換え活性型第VII因子製剤や活性型プロトロンビン複合体製剤などがあります。
ハイレスポンダーではあるが、現在のインヒビター力価が5 BU/mL未満の場合は、通常の出血にはバイパス製剤をまず投与しますが、重く激しい出血や大手術などの場合は高用量の凝固因子製剤を選択します(これを中和療法と言います)。高力価インヒビターの場合は、バイパス止血製剤による治療を行います。
患者さんのタイプ | 選択する薬剤 | |
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低力価※インヒビター | ローレスポンダー | ・第1選択は高用量の凝固因子製剤(第VIII因子、あるいは第IX因子)、十分な効果の見られない場合はバイパス止血製剤 |
ハイレスポンダー | ・第1選択はバイパス止血製剤、十分な効果の見られない場合は高用量の凝固因子製剤 ・重く激しい出血や大手術などの場合は高用量の凝固因子製剤を第1選択、十分な効果の見られない場合はバイパス止血製剤 | |
高力価インヒビター | 第1選択はバイパス止血製剤 |
※正常な血漿1mLに含まれる凝固因子を、50%低下させるインヒビターの力価(強さ)を1ベセスダ単位(BU)/mLで表します。
インヒビター保有先天性血友病患者に対する止血治療ガイドライン2013年版より作図
その一つは、インヒビター患者さんの出血時に使用するバイパス止血製剤(活性型プロトロンビン複合体製剤(APCC)あるいは遺伝子組換え活性化第VII因子製剤(rFVIIa))を定期的に輸注することです。ただし、インヒビターのない患者さんに対する定期補充療法ほど効果は顕著ではありません。最近、血友病患者さんの出血予防を凝固因子ではない製剤(非凝固因子製剤)で代替することが試みられています。第VIII因子の代替機能をもつ抗体製剤はインヒビターの有無に関わりなく血友病Aの患者さんの出血予防に有効であることが明らかにされました。また、抗凝固タンパクの働きを抗体により抑制する製剤や抗凝固タンパクの産生を抑制する製剤などが治験されており、これらはインヒビターの有無に関わりなく、血友病A患者さんのみならず血友病B患者さんに対しても出血予防治療薬として期待されています。
※一部を除き、数字、組織名、所属、肩書等の情報は2024年10月時点の情報です。
JP24HRBD00018